2019年05月16日

熊野古道 −侮るなかれ−

熊野古道        椎谷 記

期間:2019/05/9-16
5/9(第1日)
  バス移動 バスタ新宿発21:45 − 大阪難波着6:30
5/10(第2日)
  電車移動 南海高野線難波駅 − 久度山駅8:00 −徒歩− 高野山16:00 
  宿坊:西禅院 泊

  戦国時代末、真田幸村が幽閉されていたことで知られた九度山からスタートし、22キ
  ロの町石道(ちょういしみち)を辿る。大半は歩き易い山道。最後の急登を登りきる
  と、眼前に高野山の大門が圧倒的に聳え立つ。壇上伽藍前の宿坊、宿泊者は大半が外国人。
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5/11(第3日)
  小辺路 高野山8:00 − 薄峠 − 水が峰 − 大股 − 萱小屋跡 − 伯母子
  峠小屋17:00 泊

  このコース中、最も高低差が大きく、距離の長い困難なルート。高野山大学、小学校
  を左に見て小辺路に入る。途中、車の行き交う舗装道路などを経て、大股に至る。先
  の小屋には水が無いのでここで給水、荷が重くなった。
  ここから萱小屋跡までの登りは、転倒したら一気に下まで転げ落ちようかと思われる
  激しい登り。疲れ切って伯母子峠避難小屋に着いた。小屋は広く、清潔。同宿者は無
  し。標高1100mで薄手のシュラフでは寒かった。
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5/12(第4日)
  小辺路 伯母子峠避難小屋5:00 − 伯母子峠登山口 − 三浦口バス停 − 三浦
  峠 − 西中バス停13:50 −バス− 十津川温泉 松乃屋 泊

  小屋から山頂を迂回して下る本来のルートが崩壊して使えないため指示に従って、山
  頂を経由して下る。弘法大師座像から少し下ったところで、単独の日本人73才と言葉
  を交わす。彼は山陰の人で、2週間テントを使って大辺地、中辺路、小辺路を辿ってい
  る、山中の食料はアルファー米のみと言うから驚く。すぐに動き出しそうには見えな
  かった。以後、この人のことを「出た切り老人」と呼んだ。「登山口」手前で地元の
  山道整備に携わる高齢の男女に出会う。連休中は天候が悪かったにもかかわらず、多
  数の利用者が殺到し、避難小屋も里の農家民宿も一杯だったそうだ。その男性から
  「次は奥駆けに挑戦しては」と勧められた。早立ちが功を奏して、バスに間に合い、
  2時間の歩行を免れた。宿は十津川ダムに隣接する温泉旅館。安宿だが立地と露天風呂
  の湯力は素晴らしい。

5/13(第5日)
  小辺路 十津川 − 果無集落 − 果無峠 − 八木尾 − 三軒茶屋跡 − 熊
  野本宮大社 −バス− 峰の湯温泉 伊せや 泊

  十津川ダムからひと登りすると、周囲が開けた果無集落に着く。斜面にわずかな田ん
  ぼや畑を持つ数個の集落の軒下を通る。中空に浮かぶような不思議な光景。果無峠は
  眺望良好な所と勝手に思い、峠に至ると立ち木に覆われた平凡な山道。風だけが強く、
  さっさと下る。八木尾の国道に出るとトイレは分かり辛く、道の駅ははるか遠く。
  この日の昼食「めはり寿司」を道の駅で食し、三軒茶屋跡を通過すると中辺路に入る。
  ここからはアジア人の観光客が多い。わずかで熊野本宮大社裏の鳥居をくぐり、大社に
  詣でるが今一つ迫力がない。雨も降りだしたので早々に湯の峰温泉行のバスに乗る。
  一つ手前のバス停で多数の外人客が下りた。「伊せや」は歴史を感じさせる宿。最古の
  温泉と言われるツボ湯も近い。また、濃い湯力に驚く。

5/14(第6日)
  伊せや −バス− 大斎原 − 熊野本宮大社 −バス、タクシー− 小口キャンプ
  場 泊

  熊野本宮大社を再訪する。水害に遭う前に本宮があった場所に立つ大鳥居(大斎原)
  は大迫力だが、平成に造られたものと知り、興醒め。正面から改めて本宮に詣でる。
  社の檜皮葺が素晴らしい曲線を見せていた。強い雨が降り出し、小雲取越ルートを諦
  めて、バス、タクシーを乗り継いで、小口キャンプ場に幕営。隣接の小口自然の家は
  廃校の施設を改造した簡易ホテル。洗濯、入浴可能。国外の旅行社が切れ目なく予約
  を入れているそうで、一般客が入る余地がない。この日も満員。南紀と承知はしていた
  が、雨量が半端でない。
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5/15(第7日)
  小口キャンプ場 − 大雲取登り口 − 越前峠 − 地蔵茶屋跡 − 迂回路 −
  林道 − 那智高原公園 − 熊野那智大社 −バス− 民宿はしもと 泊

  雨は降り続いていたが、好天が予想されるとのリーダー判断で大雲取越ルートに入る。
  何が原因かは分からないが、筆者の体調が悪い。血圧が低下しているようで、腰から
  下に力が入らない。ゆっくり歩いては止まるを繰り返して、ようやく地蔵茶屋跡に着く。
  越前峠付近でリーダーからミルクコーヒー貰うと、気分の悪さが収まってきた。同時に
  他のメンバーからアミノバイタルをもらって飲んだ。地蔵茶屋跡からは下りになるが、
  体の疲労感が無くなり、通常に動けるようになった。ルートの崩壊があり、40分余計
  に掛かる迂回路を下る。林道に出たところ休憩所がある。同じルートを軽装で辿って
  いた外人観光客、20人ばかりが昼食を摂っていた。荷物はトラックで次の宿泊地に送
  る、というスタイルらしい。中途より林道を外れ、天気が回復する中、古道を歩く。
  高原公園からは那智大社に下る階段。本宮に続いて、那智大社でも裏口から詣でるこ
  ととなった。本社に向かうと手前に青岸渡寺が現れる。後で知るのだが、那智大社や
  那智の滝があるこの一帯は、なんと青岸渡寺の境内だった。那智の滝は高さ133mとい
  うだけに壮大な眺めだ。滝を見ると、ついつい登るルートを探してしまうのは沢屋の
  性か。那智駅では40才くらいのフランス人女性と会う。2週間の予定で来日し、伊勢
  路から那智まで単身で歩いているとのことだった。神倉神社にほど近い民宿に投宿。
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5/16(第8日)
  民宿7:30 − 神倉神社 − 熊野速玉大社 − 新宮駅 − 小田原7:25

  民宿から神倉神社までは15分。登校中の六年生に案内してもらう。神社の本尊はガマ
  の姿に似た「ゴトメキ岩」。この岩に神が降り立ち、神道が始まったそうな。この後、
  詣でた熊野速玉大社でもこの経緯に触れているから間違いなさそう。
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  7日目の大雲取越では計画がとん挫するかと思う場面もあったが、諸氏の心使いで乗り
  切ることが出来た、有難い。
 

posted by 相模AC at 11:38| Comment(0) | 日記
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