2019年07月01日

普通救命講習会へ参加

この時期は毎週末あめなので、室内での講習会は良いですね。
消防の普通救命講習が、会の行事として設定されており、参加してきました。
山でも普段の生活でも遭遇することがあるかもしれない、意識の無い方への
胸骨圧迫やAED操作(機種によって多少異なる)を学習。

DSC_6784.JPG
意識の確認、周囲への呼びかけ等、呼吸の確認、30回胸骨圧迫からの2回の息吹込み
すぐに胸骨圧迫……続けるとしんどい。体力が…!

DSC_6786.JPG

DSC_6788.JPG
一人が胸骨圧迫、一人が呼吸。
ずっと続けるのは疲れるので、コンタクトをとりながら交替するなどして続ける。

DSC_6789.JPG
AEDはAEDの電源を入れれば全て喋ってアナウンスしてくれるので、AEDの言う事に従う!

私は「捻挫だと思う」と言いながら足を引きずっている人(実際には骨折)位にしか遭遇したことがありませんが、お話を聞いていると諸先輩方は色々な場面で怪我や事故に遭遇している模様。こういった講習を受けて、そういった事態に対処できるようにしておくのは大切だなと思った次第です。

あと、救急の出動回数すごすぎ!!!がく〜(落胆した顔)がく〜(落胆した顔)がく〜(落胆した顔)
消防署職員さん、ありがとうございました!

posted by 相模AC at 09:58| 日記

2019年06月13日

高野山・熊野古道参詣の山旅(2019年5月10日〜16日)  −Pilgrimage to the sacred sites, Koyasan through Kumano Kodo−

山岳会としては異色の山行ブログを掲載します。

 熊野古道は良く知られている世界遺産にして有名な観光スポットの一つであります。古くは平安時代に白河上皇も頻繁に参詣したことで知られ、熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)、熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)、および熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ) を熊野三山と称し、古代、日本各地から人々が聖地参詣に訪れたとされています。

1.jpg

 これら、いわゆる熊野三山を巡ることに加えて、初日は南海電鉄九度山駅から高野山町石道(ちょういしみち)を経て高野山(こうやさん) まで上がることにしました。また高野山からは小辺路(こへち)を辿って熊野本宮大社に至り、更に小雲取越(こぐもとりごえ) および大雲取越(おおぐもとりごえ) を経て熊野那智大社を、加えて熊野の神々が最初に降臨したとされる新宮市・神倉神社(かみくらじんじゃ) のゴトビキ岩に参拝し、最後に熊野速玉大社を巡ることにしました。これらの行程を6泊7日で完了する予定です。

 メンバーは男2名、女性2名の総勢4名です。このメンバーは2014年7月に大雪山・旭岳からトムラウシを経由して富良野岳まで6日間かけてテント縦走したことのあるベテラン登山メンバーです。今回はテント泊も想定しているため、全員18キロ〜15キロのザックを背負っての歩行となり、連日7日間の苦行ともいえるルートを平均年齢67歳超の身体が耐えられるかどうか試練の山行になるでしょう。


第1日: 5月10日(金) 高野参詣道町石道「九度山駅〜高野山・壇上伽藍」
(晴れ)
 前日9日深夜に新宿駅南口を夜行バスで発って、翌10日早朝に難波・湊町(OCAT)に到着しました。そこから南海高野線の難波駅まで徒歩でおよそ20分。さらに1時間半ほど乗車して九度山駅に降り立つことができました。

2.jpg
九度山駅にはトイレ、水、パンフレットなども常備されていて道標もしっかりと記してあるため道を間違うことはありません。慈尊院に向かう途中、真田幸村ゆかりの寺である真田庵に立ち寄りました。

3.jpg
 高野山町石道の登山口は慈尊院から始まります。いきなり急な石の階段を登るとやがて通常の登山道となり、往時を想起させる道は一定の間隔で町石が立っていて現在地の目印としての役割を担っています。1時間ほどで展望台に到着します。ここから橋本市と紀ノ川を一望することができます。目の前の尾根伝いに目を移せば遠く高野山までもが一望できます。

4.jpg

5.jpg

 六本杉峠を過ぎて30分ほど進むと二ツ鳥居が目の前に忽然と現れます。唐突に何のためかと訝ったのですが、後に調べてみると高野山町石道と丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ) とを結ぶ参詣道で、合流地点に拝社の遥拝のために弘法大使が建立した鳥居とのことでした。

6.jpg

7.jpg

 二ツ鳥居から2時間少々するといきなりR370の舗装道路に飛び出し、向いにはトイレと水の補給が可能な矢立茶屋です。前日に夜行バスで発って九度山駅を8:20に歩き始め、ここ矢立茶屋には13:40に到着。すでに5時間20分が経過しています。さすがに足がだるくなってきましたが高野山の大門はあと少しです。

 袈裟掛石を過ぎて30分ほどで再びR370と合流・横断し、更に1時間半ほどで忽然と色煌びやかな大門が現れます。厳しかった高野山までの道のりもこれで終わりを迎えるのだと思うと感動か安堵感からか全員が声を漏らします。夜行バスで寝不足のなか7時間半で漸く高野山にやってきました。あとは今夜の宿、宿坊「西禅院」まで15分ほど。最後の頑張りです。

8.jpg
高野山大門

9.jpg

 漸く辿り着いた高野山ですが、すでに午後4時をまわっています。急いで入浴を済ますと間もなく夕食の時間となり、周辺を散策するなどの時間を取ることはできませんでしたが、午後7時からライトアップされた美しい壇上伽藍を見物することができたのはラッキーでした。初日の歩行時間は約8時間25分でした。

 高野山は山の中に開かれた“町”を形成しており、大門から奥之院まで一見に値する価値ある建造物が数多く点在する地域です。それ故に今回の参詣の旅で悔いが残るのは高野山で十分な時間を取ることができなかったことでしょう。あと1日余裕を持って計画したいものです。

10.jpg


第2日: 5月11日(土) 熊野参詣道「小辺路」を経て伯母子岳避難小屋
(晴れ)
 翌朝は、朝食前の30分ほどで勤行(ごんぎょう) に同席して朝食のあと、8:10西禅院を後にしました。この日も申し分ない晴天で歩行の意欲を掻き立てます。

11.jpg

 今日はいよいよ熊野古道を小辺路(こへち) から辿ることになります。この山旅で最も苦行が予想される1日の始まりです。出だしで登山道を探すのに多少もたついたこともありますが、30分ほどで大滝口女人堂跡に着いて小辺路を正しく辿っていることが確認できました。

 ここからは暫くはなだらかな林道が続きます。丁石を過ぎて道は急に下降し始めて沢まで下ることになります。そして沢からは急激に登りとなり、道がなだらかになると大滝集落の最後の民家に到着します。畑仕事をしていたおばさんに尋ねると「我が家の土地に建っているトイレがそこにあるから使って」と親切に教えてくれました。さすが世界遺産に指定されているだけのことはあって、綺麗なトイレで水も汲むことができました。おばさん、ありがとうございました!併設の休憩舎でしばし休憩。

12.jpg

 休憩舎から1時間強でR371(高野龍神スカイライン)と合流し、舗装されたスカイラインを20分ほど歩くが晴れていてとても暑い。やがて左手に水ケ峰への分岐を示す大きな案内板がありベンチで小休止することができました。R371から左にそれて10分ほど進むと水ケ峰です。ここは明治中期に最盛期を迎え、当時8軒の旅籠が軒を並べていたそうで、巡礼者の往来も頻繁であったとのことです。しかし昭和27年には廃村となり、現在は建物の石垣がところどころに残るのみとなっています。熊野古道を歩いてみると、このような旅籠跡が数多く点在していて往時から多くの人々が参詣に訪れていたことが分かります。

13.jpg

14.jpg

 ここまで4時間弱かかっていますが、大股まではあと7.6Kmとなっています。ここからが遠いです。水ケ峰を後にしてしばらくすると再び舗装道路と合流して30分ほど進むと眺望のよい東屋があり、更に40分ほどで平辻への分岐があり石仏が目印となります。熊野古道はこのような石仏が各所にあり、往時から旅人の道標としていたのでしょう。

15.jpg

16.jpg

 平辻からどんどん下りとなり50分ほどで川と合流して大股に到着します。トイレと水を調達することができます。また宿も何軒かあるようです。西禅院を8時10分に出発して、ここまで5時間40分がすでに経過しています。ここから更に伯母子岳の避難小屋まで上がるのかと思うと正直気が重いし足がだるくなります。

17.jpg

 小休止のあと気を取り直して大股を後にするものの、集落からいきなり急登が始まります。加えて前日が宿坊泊りであったため、ザックの重量は水を持った分、却って足に重くのしかかることになります。1:15ほどして萱小屋跡避難小屋に到着。小屋は無人でしたが、水が小屋のすぐ脇を流れていて十分使用できます。1泊してみたい小屋でした。

18.jpg

 登り道は桧峠、そして伯母子岳分岐へと続き私には真に苦行でした。途中、オーストラリアからやってきたという老夫婦と出会いましたが入山者も極めて少ないため、登山経験の少ない者にはお勧めできません。

19.jpg

20.jpg

 伯母子岳分岐点の標識には、迂回路→「伯母子峠〜上西家跡の間で崩落しているため迂回路をご利用ください。」とあります。私たちは伯母子峠避難小屋に行きたいので山頂方面へは行かないで伯母子峠への道を選択しました。疲れもあり注意散漫であったかも知れませんが、前述の注意書きの意味を深く理解しないまま伯母子峠避難小屋に到着しました。時に午後4時50分で、今日の行動時間は8時間40分でした。

 小屋は見掛けより内部は過ごしやすく、8人〜10人は収容可能でトイレも右手に併設されています。ただし水はありません(三田谷方面に下った沢で入手できるとありましたが判然とません)。5月のGWは相当な登山者で溢れかえり、戸外で寝ている者もいたと後に聞くに至り、GWは避けてつくづくよかったと実感しました。幸い小屋は貸し切り状態でゆっくりと過ごすことができました。

21.jpg


第3日: 5月12日(日) 伯母子峠避難小屋から十津川温泉
(晴れ)

 この先のルートについて昨日のうちに確認しておいたのですが、避難小屋から先に続く登山道と伯母子岳山頂へ向かう分岐点に、昨日あったものと同じ標識があり、ここから先(上西家跡方面)は登山道が途中崩落しているため通行できないので迂回路(伯母子岳山頂方面)を通るようにとありました。そこで昨日見た分岐点のサインの意味がようやく理解できました。つまり昨日見た標識は、伯母子峠(避難小屋)〜上西家跡までが崩落しているので、伯母子峠(避難小屋)を経由しないで上西家跡方面へ行く登山者は、伯母子岳山頂を経由して迂回路に入りなさいと、いうことでした。

 分かってみれば当然のことですが、避難小屋の周りをいくら探しても“迂回路”が見つからないのです。→で示された方向(伯母子岳山頂)に迂回路を探しながら登って行くと、伯母子岳の稜線に迂回路サインを見つけました。それによると山頂から南南東へ派生した尾根を下降し、崩落箇所を大きく迂回して上西家跡に行くことが分かりました。何とも分かりにくい“迂回路”案内でした。小屋から上西家跡まで1時間15分もかかってしまいました。今朝の出発時間を予定より1時間早くしたことで迂回路ロスをリカバリーできて本当に良かったと思いました。何と言っても今日は西中バス停で十津川温泉行きの14:02発のバスに乗らないと舗装道路を2時間も歩く羽目になってしまうのです。

22.jpg

23.jpg

 上西家跡から三田谷橋まで基本、下り道。水ケ元茶屋跡、待平屋敷跡を経て長い尾根道を三田谷橋まで2:15ほど下ります。

24.jpg

 三田谷橋から三浦口までは30分ほどアスファルト道を進みます。途中道が大きく右へカーブするとトイレと水場があり、更に三浦口で橋を渡るとすぐに急な登山道が始まります。35分ほど登ると吉村家跡に差し掛かります。一帯は防風林の杉の巨木が多く聳えています。

25.jpg

26.jpg

 やがて40分ほどで“三十丁の水”に到着します。水の量は十分でとてもおいしい水です。三浦峠まで残すところ1時間ほどですが、昨日の苦闘がきいているのか足が重く峠まで相当に長く感じました。峠には立派なトイレと東屋がありしばし休憩しました。ここまで既に6時間余りを歩いたことになります。峠からは下り道で、10分ほど下ると水量の多い水場に出ます。ここで水を汲んで峠まで持って上がれば東屋でビバークも可能でしょう。

27.jpg

28.jpg

 三浦峠からの下り道を進んでいくと、古矢倉跡、出店跡、そして矢倉観音堂に到着です。一人の巡礼者が休憩していました。服装がそれらしく、小さめのザックを持参していました。自らを“出たきり老人”と称し、これから三浦峠に上がるという。テントもガスコンロも持たずにアルファ米に水を注いで食事しているとのことでした。ただしアルファ米は4日も食べたら「飽きてしまった」と言っていました。これには呆れてしまいました。三浦峠にはビバークできる東屋とトイレがあり、水場は峠の10分ほど手前にあるので利用したらどうかと勧め私たちは先を急ぎました。矢倉観音堂から登山口のある舗装道路までは30分弱でした。ここから西中バス停までは考えていたより遠かったですが、バス停の自販機で全員ビールを買い乾杯するほどの時間はありました。

29.jpg

30.jpg

 バスは時間どおりに午後2時2分に私たちを乗せて十津川温泉の「松乃家」へと向かいました。料金は550円でした。
31.jpg

32.jpg


第4日: 5月13日(月) 十津川温泉から果無峠を経て熊野本宮大社
(晴れ夕方小雨)
 十津川温泉でゆっくりと温泉に浸かり疲れた身体が回復するものと思いきや、今日は4日目で老体は疲れが抜けていません。まあ、とにかく最難関のルートは終わりを告げて、今日はいよいよ熊野三山の一つ“熊野本宮大社”に足を踏み入れるのだと思うと力が湧いてきます。

 宿を7:20に出て柳本橋を渡り、案内板に導かれて凡そ20分ほどで果無峠(はてなしとおげ) への登山口に着きました。なんと、冷たい水がすごい勢いで湧いていました。ここで水補給をするべきですね。道はいきなり急登となりますが熊野古道の面影を残す素晴らしい山道が果無集落まで続いています。

33.jpg

34.jpg

 30分ほどで果無集落に着きました。民家の一箇所に休憩用の縁側と水、そしてトイレが備えられていた。ありがとうございます!
集落といっても25分ほど登っていくと終わりになり再び登山口の案内があり、ここから果無峠への登りが始まります。

35.jpg

36.jpg

37.jpg

38.jpg

 かつて旅籠があった山口茶屋跡を過ぎ、およそ1時間強で観音堂へ到着。更に少し上がると眺望の素晴らしい地点に着きます。息を飲むような眺望に全員しばし立ち止まりました。ここから果無峠までは案外長く感じましたが20分少々で峠に着きました。峠は眺望なし。風が吹いて寒いので長居はできずに早々と下りにかかりました。

39.jpg

40.jpg

果無峠からは下山路となり、シャクナゲの群落が目に付くようになります。また赤茶色のアセビの新芽がシャクナゲとよく調和してとても美しいです。

41.jpg

42.jpg
美しいシャクナゲの花。
43.jpg

往時の姿をそのままに留めている古道。
44.jpg

三十丁石と判読できます。
45.jpg

 二十丁石を過ぎて10分ほどすると急に視界が開けて熊野川が一望できる地点に着きました。その先は新宮市ということですので、4日目にしてついにここまで来たかという感慨が胸に沸き起こってきました。この頃になると足元がやたら滑るのでよく観察をしてみると、名称は不明ですが樹木の葉が沢山落ちており滑る原因になっていたようです。しばらくは歩行に十分注意して進むことにしました。

46.jpg

47.jpg

 三十丁石を過ぎても下り坂は続き、1時間もすると熊野川と並行して走るR168にいきなり降り立ちます。そこが八木尾(やきお) です。しかし案内板はあるもののトイレや道の駅「奥熊野古道ほんぐう」への案内が判然としないため、どちらに進むべきか困惑してしまいました。少なくとも下りた場所にトイレと道の駅の標識が欲しいところです。極めて不親切!おまけに果無峠から八木尾まで約2時間半もの間、トイレはまったくありませんでした。切羽詰まった状況の中、トイレへはR168を左折することが漸く分かったものの、探しながら登り坂を歩いていたせいか15〜20分ほどかかってしまいました。

 用を足して、さて道の駅へと思ったのですがトイレ周辺や八木尾バス停へ戻って探しても標識がないため方角が分かりません。全員で地図をよく確認したところ、八木尾バス停からR168を熊野川に沿って行くのだと気が付いて舗装された国道を30分ほど歩いて漸く道の駅にたどり着きました。時に午後2時、予定より大きく遅れてしまいましたが熊野の郷土料理であり名物の“めはり寿司”を注文して昼食としました。めはり寿司は握り飯を高菜の葉で包んだシンプルなもので、味は思ったほどではなく正直なところ期待外れでした。

48.jpg

 道の駅で昼食をとり、1時間ほど休憩をしてから舗装道路を三軒茶屋跡へと向かいました。ここから先は中辺路(なかへち) ルートと合流するため巡礼者や外国人の観光客も増えて賑やかになるとともに、八木尾とは違い、案内標識等が完備していて間違うことはありませんでした。三軒茶屋跡にはトイレも併設されていました。やがて祓殿王子跡(はらいどおうじあと)、そして熊野本宮大社に到着しました。時に15:00で、十津川温泉の宿を発って7時間40分の行動でした。

49.jpg

50.jpg

 熊野本宮大社へは、予定を大幅に遅れて到着したため本日の本宮大社および大斎原(おおゆのはら) 見物は中止して明日に変更することにしました。この後、バス・ターミナルに直行して湯の峰温泉へ向かうバスに乗車しました(約30分)。バスは多くの外国人で込み合っていました。湯の峰温泉は日本最古の温泉とされる山間の小さな温泉地です。最近NHKの情報番組「ブラタモリ」でも紹介されていました。ただし温泉の熱湯でゆで卵は作りませんでした。

夜半から雨となり翌日の天気が気にかかります。


第5日: 5月14日(火) 湯の峰温泉から小口「自然の森苦キャンプ場」へ
(曇りのち雨)

 朝になって雨は止んでいましたが、今日1日は芳しくない予報ですので雨が止んでいる午前中に熊野本宮大社ならびに大斎原を観光したあと、バスを利用して小和瀬そして小口「自然の森キャンプ場」に入ることに決定しました。したがって中辺路「小雲取越」を経由しての予定は割愛することになりました。

51.jpg

52.jpg

[大斎原] かつて本宮が存在した所ですが明治期の大水害で辛うじて残った社殿を現在の場所に移築。したがって現在の大斎原には、大鳥居と建物の基礎であった石垣しか残っていません。
53.jpg

熊野ではこのようなカラスの絵が目に付きます。地元では、この八咫烏(やたがらす)は神の使者として信じられているそうです。

54.jpg

 時間の関係で、小口への直行便はないため、志古で乗換えとなりました。本宮大社前のバス・ターミナルでバスを待つ頃から雨が降り始め、志古バス停では本降りの雨となりました。志古のレストハウスのスタッフに次の小口行きのバス時刻を尋ねると、相当先になるのでタクシーで行くようアドバイスされました。とても親切でタクシー会社の電話番号を2つ教えてくれました。その内の1つが繋がって10分ほど待つとタクシーがやってきて私たちを小口へ運んでくれました。

 タクシーは、小口「自然の森キャンプ場」の受付前にタクシーを停めてくれましたので早速チェックインをしました。廃校を利用したというこの施設は、各教室がゲスト・ルームとなっていて、事前に予約すると誰でも利用できます。外国人の宿泊客が多く、彼らの交流のためか談笑室なども備えられています。

55.jpg
廃校を利用した小口・自然の森キャンプ場。校門が在りし日の姿を物語っていました。

56.jpg
古い民家が立ち並ぶ小口の家並。

 私たちはもちろんテント泊なのですが、まだ誰も張っていない元校庭だった芝生のどこに張ってもいいよと促され、比較的広い屋根付き炊事場のテーブルとイスを適当にアレンジしてテン場としました。おかげで午後から降り始めた雨に当たることなく快適な一夜を過ごすことができました。

 テント利用客も本棟にあるお風呂に入ることができます。午後3時から入浴できるということでしたが、3時少し前には入ることができました。快適、快適!そしてコインランドリーも自由に使用できるし洗剤もフリーなのはありがたいですね。ただし乾燥機は1回100円で利用することになりますが、数時間後には乾いた下着に手をとおすこともできます。使用料は、テント1張り1,000円と、利用者1名500円です。食料は徒歩5分ほどのところにグローサリー・ストアがあるので購入も可能です。

 私たちがテントを張り終えてしばらくすると外国人のオジサン二人組も到着して、私たちのテントを真似たのか、同じようにテーブルとイスをアレンジしてテント・スペースを確保していました。一人は日本語がとても堪能でした。

その晩も雨が降りっぱなしで、炊事場でテントを張って本当に良かったと実感しました。
小口「自然の森キャンプ場」は天国みたいなところです。ぜひもう一度泊まってみたいと思いました。


第6日: 5月15日(水) 小口「自然の森キャンプ場」から大雲取越を経て熊野那智大社へ
(午前中曇り時々雨、午後曇り後晴れ)
 明けて翌朝は、小降りになったもののなかなか雨は上がりません。朝食を済ませてテントを撤収し終えてもまだ止むことはありませんでした。昨日は一日休養にあてたので、今日は雨ごときにめげるわけにはいきません。諦めて小雨のなか6時に小口を後にしました。

 10分ほどで大雲取越の登山口に着きました。心配した空模様も時おり小雨が降る程度になり歩行に差し支えありませんでした。途中、円座石(わろうだいし)、楠ノ久保旅籠跡を過ぎると9時10分に胴切坂に差し掛かります。ここから道は急な登りとなって雨の中、越前峠への苦行が始まります。ここ大雲取越は、苔むした岩の階段が雨に濡れ、そこはかとない感じが漂っていました。また路傍に一人佇む古い石像も熊野古道の奥深い味を演出していました。

57.jpg

58.jpg

59.jpg

往時の姿をそのままに留めている石畳の古道。
60.jpg

61.jpg

10:30に漸く越前峠に到着しました。小口からすでに4時間半の行動です。
62.jpg

 越前峠からは下り道で楽になると思っていたのですが、基本、ゆるい登りのようであり楽ではありません。そして石倉峠の手前から地蔵茶屋跡まで、伯母子峠のときのように“迂回路”があり+40分とのことで急に疲れが増してしまいました。雨脚が更に強くなった中、迂回路(林道)を1時間半ほど単々と歩いて地蔵茶屋跡に漸く到着しました。ここは休憩舎とトイレおよび自販機が設置されていて、多くの巡礼者が休んでいました。私たちも10分ほど休憩しました。

63.jpg

64.jpg

 小口を発ってすでに6時間が経過しており足がだるくなってきましたが、気を取り直して歩き始めます。ここからしばらくは舗装道路を歩いたり、脇道の山道に入ったりを繰り返して1時間ほどで色川辻に差し掛かりました。そのとき大きな声で私たちを呼び止める声に気が付いて振り返ると、昨夜小口キャンプ場で共に過ごした二人ずれの外国人のオジサンさんでした。彼らは小口に荷物を置いて、今朝バスで那智大社まで入り小口に向けて私たちとは逆方向に縦走してきたのです。
しかしどうして左手の舗装された林道を歩いてきたのか不思議に思ったのですが、この先の登山口に設置された案内板を見て納得することになるのです。

65.jpg

 標識は右手にとると那智大社、左にとると小口となっています。外国人のオジサンたちは左の舗装林道をこちらに上がってきたに違いないのです。

 色川辻からは山道を少し登り舟見茶屋跡、登立茶屋跡を経ておよそ1時間45分ほどで那智高原公園に至ります。広々とした公園で、トイレや大きな駐車場も併設されています。ここが小口方面への登山口で、私たちが下りてきた山道は左で、右側には舗装道路が続いています。同登山口には案内板が2つ掲げられていて、“崩落箇所があるため、大雲取越の地蔵茶屋から石倉峠は通行止め。また別の標識には“通常では地蔵茶屋から40分かかるルートですが、迂回路では60分かかります”となっています。
問題はこれら標識がこの場所にある必要性があるのか?ということでしょう。例の二人の外国人は、気の毒に、この登山道が通行止めになっていると誤解して、右手の舗装道路を延々と歩いて色川辻で私たちと遭遇したと思われます。通行止めなのは、地蔵茶屋〜石倉峠間なのです。

66.jpg

67.jpg

 さて那智高原公園までくれば那智大社まであと少しかと思っていましたが、標識に従って公園を横切り歩くこと35分で漸く那智大社に到着です。大社に着いて嬉しいというより、これでもう歩かなくてよいと思うとホットするほうが大きかったです。時に午後3時20分で小口から9時間20分の行動です。

68.jpg

とうとう那智大社までやってきました!
69.jpg

70.jpg 那智大社本殿
71.jpg 護摩焚き
72.jpg 隣り合う、那智山青岸渡寺。
73.jpg

 那智大社を見学したあとは、那智駅までバスで移動しました。すでに午後4時をまわっていて、当初予定していた三輪崎の高野坂へは立ち寄ることなく新宮駅行きの路線バスに乗車しました。このバスは、この晩ご厄介になる民宿「はしもと」の前を通ることが分かりとても助かりました。

この日も長い一日でした。宿に着いたのは午後6時をまわっていました。


第7日: 5月16日(木) 聖地・神倉神社と熊野速玉大社
(晴れ)
 本日で高野山・熊野参詣の山旅もいよいよ最終日を迎えることとなりました。熊野の神々も私たちを祝福してくれているかのように朝から晴天です。早めの食事を済ませ、午前7時に宿を出発しました。まずは熊野の神々が最初に降臨したといわれる御神体のゴトビキ岩のある神倉神社(かみくらじんじゃ)に徒歩で向かいます。道順は地図を見ながら勘を頼りに歩いていると、通学途中の地元の子供(小学6年生)が親切に案内をしてくれました。

 神社は鎌倉時代に源頼朝が寄進したと伝えられる538段の急な石段をいきなり登り始め、ゴトビキ岩まで導かれていきます。“ゴトビキ”とは熊野の方言でヒキガエルのことだそうです(岩を見れば納得します)。ここでは例年「お燈まつり」という若者主体の祭りがあり、白装束の男衆がたいまつを手に急な石段を駆け下りるというものです。極めて危険。実際、怪我人が出ることもあるということでした。

74.jpg
神社入口から急な石段が続いています。ここで “二礼二拍手一礼” を済ませてから神社(山頂)へと向かいます。

75.jpg もうすぐゴトビキ岩

538段の石段は思っていたよりきつくはなく、20分も登ればゴトビキ岩のある神倉神社に立つことができます。神社からの眺めは素晴らしいです。
76.jpg ゴトビキ岩と神倉神社
 
77.jpg 眺望よし!

参拝を済ませてから同じ石段を下り神社を後にしました。最後は熊野三山の一つ、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)へと向かいます。神倉神社から道路標識に導かれて徒歩15分ほどで速玉大社に到着しました。

78.jpg

79.jpg 神々が祀られている社殿

 速玉大社の参拝を終え、長かった私たちの高野山・熊野古道参詣の山旅も無事に終了することができました。総歩行距離 約104キロを7日間かけて歩きとおしたことになります。天候不調により第5日目の湯の峰温泉から小雲取越を経て小口に至るルートは断念することになってしまいましたが、このことが1日休養に充てることができて体力回復に役に立ったと思っています。

 今回の山旅は、雨量の多い地域にもかかわらず、比較的天候に恵まれてラッキーだったといえます。やはり天候の安定する5月で良かったし、GWを避けたことも良い選択でした。今回初めて熊野古道を歩いてみて多くの発見がありました。

 古くは熊野を目指して日本全国から多くの参詣者が訪れたとのことですが、熊野に至るルートとしては、@熊野古道紀伊路、A小辺路、B大峯奥駈道(おおみねおくがけどう)、C伊勢路、D中辺路(なかへち)、そしてE大辺路(おおへち)の6ルートが知られています。今回の高野山〜小辺路をつなぐルートもアップダウンが多く決して簡単なルートではないため訪れる巡礼者も極端に少なかったですが、恐らく大峯奥駈道も修験者の道として知られているようで相当な難ルートであろうと思われます。次回熊野に訪れることがあれば大峯奥駈道を歩いてみたいものです。

最後になりましたが、大雪山〜富良野岳縦走に同行していただいたメンバーの皆さま、熊野古道でも楽しい時間を共有することができました。感謝、感謝!

















posted by 相模AC at 20:35| Comment(0) | 活動報告

2019年06月10日

熊野古道 −侮るなかれ−

熊野古道        椎谷 記

期間:2019/05/9-16
5/9(第1日)
  バス移動 バスタ新宿発21:45 − 大阪難波着6:30
5/10(第2日)
  電車移動 南海高野線難波駅 − 久度山駅8:00 −徒歩− 高野山16:00 
  宿坊:西禅院 泊

  戦国時代末、真田幸村が幽閉されていたことで知られた九度山からスタートし、22キ
  ロの町石道(ちょういしみち)を辿る。大半は歩き易い山道。最後の急登を登りきる
  と、眼前に高野山の大門が圧倒的に聳え立つ。壇上伽藍前の宿坊、宿泊者は大半が外国人。
R0013656.JPGR0013661.JPGR0013666.JPG
5/11(第3日)
  小辺路 高野山8:00 − 薄峠 − 水が峰 − 大股 − 萱小屋跡 − 伯母子
  峠小屋17:00 泊

  このコース中、最も高低差が大きく、距離の長い困難なルート。高野山大学、小学校
  を左に見て小辺路に入る。途中、車の行き交う舗装道路などを経て、大股に至る。先
  の小屋には水が無いのでここで給水、荷が重くなった。
  ここから萱小屋跡までの登りは、転倒したら一気に下まで転げ落ちようかと思われる
  激しい登り。疲れ切って伯母子峠避難小屋に着いた。小屋は広く、清潔。同宿者は無
  し。標高1100mで薄手のシュラフでは寒かった。
R0013664.JPGR0013665.JPG
5/12(第4日)
  小辺路 伯母子峠避難小屋5:00 − 伯母子峠登山口 − 三浦口バス停 − 三浦
  峠 − 西中バス停13:50 −バス− 十津川温泉 松乃屋 泊

  小屋から山頂を迂回して下る本来のルートが崩壊して使えないため指示に従って、山
  頂を経由して下る。弘法大師座像から少し下ったところで、単独の日本人73才と言葉
  を交わす。彼は山陰の人で、2週間テントを使って大辺地、中辺路、小辺路を辿ってい
  る、山中の食料はアルファー米のみと言うから驚く。すぐに動き出しそうには見えな
  かった。以後、この人のことを「出た切り老人」と呼んだ。「登山口」手前で地元の
  山道整備に携わる高齢の男女に出会う。連休中は天候が悪かったにもかかわらず、多
  数の利用者が殺到し、避難小屋も里の農家民宿も一杯だったそうだ。その男性から
  「次は奥駆けに挑戦しては」と勧められた。早立ちが功を奏して、バスに間に合い、
  2時間の歩行を免れた。宿は十津川ダムに隣接する温泉旅館。安宿だが立地と露天風呂
  の湯力は素晴らしい。

5/13(第5日)
  小辺路 十津川 − 果無集落 − 果無峠 − 八木尾 − 三軒茶屋跡 − 熊
  野本宮大社 −バス− 峰の湯温泉 伊せや 泊

  十津川ダムからひと登りすると、周囲が開けた果無集落に着く。斜面にわずかな田ん
  ぼや畑を持つ数個の集落の軒下を通る。中空に浮かぶような不思議な光景。果無峠は
  眺望良好な所と勝手に思い、峠に至ると立ち木に覆われた平凡な山道。風だけが強く、
  さっさと下る。八木尾の国道に出るとトイレは分かり辛く、道の駅ははるか遠く。
  この日の昼食「めはり寿司」を道の駅で食し、三軒茶屋跡を通過すると中辺路に入る。
  ここからはアジア人の観光客が多い。わずかで熊野本宮大社裏の鳥居をくぐり、大社に
  詣でるが今一つ迫力がない。雨も降りだしたので早々に湯の峰温泉行のバスに乗る。
  一つ手前のバス停で多数の外人客が下りた。「伊せや」は歴史を感じさせる宿。最古の
  温泉と言われるツボ湯も近い。また、濃い湯力に驚く。

5/14(第6日)
  伊せや −バス− 大斎原 − 熊野本宮大社 −バス、タクシー− 小口キャンプ
  場 泊

  熊野本宮大社を再訪する。水害に遭う前に本宮があった場所に立つ大鳥居(大斎原)
  は大迫力だが、平成に造られたものと知り、興醒め。正面から改めて本宮に詣でる。
  社の檜皮葺が素晴らしい曲線を見せていた。強い雨が降り出し、小雲取越ルートを諦
  めて、バス、タクシーを乗り継いで、小口キャンプ場に幕営。隣接の小口自然の家は
  廃校の施設を改造した簡易ホテル。洗濯、入浴可能。国外の旅行社が切れ目なく予約
  を入れているそうで、一般客が入る余地がない。この日も満員。南紀と承知はしていた
  が、雨量が半端でない。
R0013660.JPGR0013663.JPG
5/15(第7日)
  小口キャンプ場 − 大雲取登り口 − 越前峠 − 地蔵茶屋跡 − 迂回路 −
  林道 − 那智高原公園 − 熊野那智大社 −バス− 民宿はしもと 泊

  雨は降り続いていたが、好天が予想されるとのリーダー判断で大雲取越ルートに入る。
  何が原因かは分からないが、筆者の体調が悪い。血圧が低下しているようで、腰から
  下に力が入らない。ゆっくり歩いては止まるを繰り返して、ようやく地蔵茶屋跡に着く。
  越前峠付近でリーダーからミルクコーヒー貰うと、気分の悪さが収まってきた。同時に
  他のメンバーからアミノバイタルをもらって飲んだ。地蔵茶屋跡からは下りになるが、
  体の疲労感が無くなり、通常に動けるようになった。ルートの崩壊があり、40分余計
  に掛かる迂回路を下る。林道に出たところ休憩所がある。同じルートを軽装で辿って
  いた外人観光客、20人ばかりが昼食を摂っていた。荷物はトラックで次の宿泊地に送
  る、というスタイルらしい。中途より林道を外れ、天気が回復する中、古道を歩く。
  高原公園からは那智大社に下る階段。本宮に続いて、那智大社でも裏口から詣でるこ
  ととなった。本社に向かうと手前に青岸渡寺が現れる。後で知るのだが、那智大社や
  那智の滝があるこの一帯は、なんと青岸渡寺の境内だった。那智の滝は高さ133mとい
  うだけに壮大な眺めだ。滝を見ると、ついつい登るルートを探してしまうのは沢屋の
  性か。那智駅では40才くらいのフランス人女性と会う。2週間の予定で来日し、伊勢
  路から那智まで単身で歩いているとのことだった。神倉神社にほど近い民宿に投宿。
R0013659.JPG
5/16(第8日)
  民宿7:30 − 神倉神社 − 熊野速玉大社 − 新宮駅 − 小田原7:25

  民宿から神倉神社までは15分。登校中の六年生に案内してもらう。神社の本尊はガマ
  の姿に似た「ゴトメキ岩」。この岩に神が降り立ち、神道が始まったそうな。この後、
  詣でた熊野速玉大社でもこの経緯に触れているから間違いなさそう。
R0013657.JPG
  7日目の大雲取越では計画がとん挫するかと思う場面もあったが、諸氏の心使いで乗り
  切ることが出来た、有難い。
 

posted by 相模AC at 11:38| Comment(0) | 日記

2019年05月28日

毛無岩烏帽子直上ルート

実は去年の11月にもトライしたのですが、アプローチを間違えて時間切れで敗退したのです。今回はリベンジしにやってきました。
GOPR0205.JPG

2回目なのでアプローチは順調に・・・と思いきや、今回も出だしで間違えてしまいました。でも去年の反省があるので早めに気づくことができて、その後は順調に急登やらナイフリッジをこなし2時間ほどで取付きに到着しました。

↓アプローチ途中から見える毛無岩。正面右側を登ります。
P5280147.JPG

↓1ピッチ目。このルンゼが取付きの目印です。ルートはすぐに左の樹林帯に入って木登りとなります。去年秋に来たときは葉っぱが落ちてルンゼの先に毛無岩がきれいに見えていましたが、今の時期はほとんど見えません。
RIMG0076.JPG

↓その代わりにヤマツツジ?がきれいに咲いていました。
GOPR0218.JPG

↓ロープほぼいっぱいの木登りを3ピッチで上部のすっきりした岩場へ。やっとクライミングらしくなってきます。
P5280162.JPG

↓でも岩は極端に脆く、非常に緊張します。基本的には簡単ですが、ところどころ難しいところもあります。残置は豊富。
P5280168.JPG
P5280175.JPG
P5280179.JPG

↓最終ピッチは凹角のクラック。このピッチは脆さをあまり感じずに登ることができました。
GOPR0227 (2).JPG

↓でも抜け口はぼろぼろです。
RIMG0092.JPG

↓毛無岩の頂上。
P5280186.JPG

無事リベンジできました。ありがとうございました。
GOPR0240.JPG
posted by 相模AC at 23:48| Comment(0) | 無積雪期アルパイン

2019年05月18日

軍刀利沢

2018.5.18 総勢7名で軍刀利沢へ行って来ました。

メンバー:
noy(L),mr(SL),fjkw,tns,nhi(SL),sn,krt
コースタイム:
落合橋(7/36/7:56)〜林道引き返し(8:39)〜軍刀利沢出合(8:44/9:07)〜三国峠付近登山道(13:20/13:27)〜軍刀利神社奥社(13:37)〜長尾尾根下降点(13:47)〜(長尾尾根)〜落合橋(15:19)〜落合橋下流駐車スペース(15:22)

gundari1.jpg
↑入渓は林道から直ぐ。出合は狭く鬱蒼としていて気が付かずに先に進んでしまった。相変わらずトホホです。

gundari2.jpg
↑ワンステップがいやらしかったかな。

gundari3.jpg
↑右から簡単に越せるけど、折角なので水流沿いに。

gundari4.jpg
↑ロープいらなかったかな。

gundari5.jpg
↑左から捲けるけど、折角なので少しのシャワーを浴びて水流沿いに。

gundari6.jpg
↑ここはヘツリの練習をするところかな。

gundari7.jpg
↑肩がらみで。

gundari8.jpg
↑残置あり。今回右から捲いたが次回はトライしたい。

gundari9.jpg
↑軍刀利神社奥社にお参り。
後は読図をして落合橋に戻り、瀬音の湯で汗を流し帰路に就きました。
皆様お疲れ様でした。
noy
posted by 相模AC at 00:00| Comment(0) | 沢登り

2019年05月04日

大峰の沢・上多古川遡行

【上多古川遡行】
コースタイム:
5/4 上多古川右岸林道終点(矢納谷出合)6:31〜上多古川入渓〜天竜ノ滝6:38〜茶屋ん谷出合7:43〜二俣(竹林院谷出合)12:31〜阿古滝谷出合13:57〜阿古滝(14:25/14:43)〜阿古滝道(14:55/15:07)〜林道終点(矢納谷出合)(17:02/17:33)〜イツボ谷出合橋(17:56)〜上谷川出合18:09=(タクシー)=下市温泉ごんたの湯19:10

↓入渓して直ぐの天竜の滝。阿古滝道に一旦戻り落ち口に再入渓。
kou@1.jpg

↓茶屋ん谷を過ぎて現れた多古滝8m。滝の左も登れそうですが、左岸にスリングが垂れていて簡単に捲けました。
kou@2.jpg
kou@3.jpg

↓双竜の滝10m。左岸から大高捲きです。
kou@4.jpg

↓洞門の滝43m。右岸ルンゼから落ち口に向かい上がります。
kou@5.jpg

↓幸次郎窟の出口の滝。登るのは厳しそう。窟を戻り左岸から高捲きました
kou@6.jpg

↓斜滝6m。これも厳しそう。右岸のトラロープに沿って捲きました。
kou@7.jpg
kou@8.jpg

↓浄門ノ滝。右岸をロープを出して登りました。
kou@9.jpg

↓多治良淵。高捲いた後、しばらく河原やボルダーが続きます。
kou@10.jpg

↓阿古滝谷出合下のボルダー。
kou@13.jpg
kou@14.jpg

↓阿古滝。左岸から捲けるかと探ったが、右岸に捲きの踏み跡がしっかりできていました。
kou@15.jpg

↓阿古滝道。所々踏み跡が薄くなっていたり藪に入ってしまったりと気が抜けませんでした。
kou@16.jpg

テンバに戻り、お風呂を求め急いで下山しました。
皆様お疲れ様でした。noy
posted by 相模AC at 00:00| Comment(0) | 沢登り

2019年05月03日

大峰の沢・伊坪谷下降

【伊坪谷下降】
コースタイム:
5/3 幕営地(7:04)〜イツボ谷・下多古川分水嶺尾根(7:17)〜Co1320m付近左俣下降(7:30)〜Co1150m付近2段20m滝(8:35/9:11)〜Co1000m付近50m滝(9:37/10:11)〜二俣(11:14)〜Co600m付近(13:19)から右岸仕事道を下る〜取水堰(13:56)〜イツボ谷出合の橋(14:06/14:15)〜林道〜林道終点(14:56)

↓下多古川と伊坪谷の分水尾根に乗り、下り口を探しながら尾根を上がり伊坪谷側へ下降した。
its1.jpg

↓気の抜けない涸れ棚や滝がいくつも現れた。左俣へ下りてしまった。
its2.jpg

↓1150m付近の二又で大滝が現れ懸垂下降(2回連続+1回)をした。
its3.jpg
its4.jpg

↓懸垂下降した滝。右岸岩壁には大きな穴が開いていた。修行僧が籠れそうである。
its5.jpg

↓まだまだ気が抜けない下降が続く。
its6.jpg

↓大滝の捲き、懸垂下降1回目終わったところからの大滝の眺め。
its7.jpg

↓大滝の捲き、懸垂下降連続3回目の最後。
its8.jpg

↓まだまだ気が抜けない。
its9.jpg

↓懸垂下降しないで捲けた大滝。
its10.jpg

↓二俣で仕事道が現れるが沢を下降し、途中から仕事道に上がった。
its11.jpg

↓取水堰とその下の滝。人工物が見えるとホッとします。
its12.jpg

出合の河原にはキャンパーのテントが数張。今夜の泊場所、上多古林道終点に急ぎました。
(続く)
posted by 相模AC at 00:00| Comment(0) | 沢登り

2019年05月02日

大峰の沢・下多古川遡行

2019年5月、大峰の沢に行って来ました。

メンバー:
ak(L,他会),szk(他会),nhi,noy(SL)

【下多古川遡行】
コースタイム:
5/1 新横浜(6:00)=(JR)=京都=(近鉄)=大和上市駅=(タクシー)=民宿泊 5/2
民宿(6:30)=(タクシー)=下多古川林道終点(6:48/7:22)〜下多古川入渓〜琵琶滝下(8:55/9:07)〜滝見台(9:26/9:35)〜琵琶滝落口(9:48)〜中ノ滝(10:22/10:51)〜角千本淵・モチ谷出合(11:39)〜木ノ葉いらずの淵(13:04)〜Co1150m石垣のある右岸枝沢(ササゴオリ?)(13:29)〜Co1170m付近穴から落ちる逆くの字20m斜滝(13:48/13:52)〜(戻る)〜Co1150m右岸枝沢遡行〜Co1180m二又・右〜Co1220m付近泊(14:25)

初日は雨になり、入渓せずに民宿に素泊まりした。
二日目、民宿からタクシーに乗り移動。雨は上がって曇り空の中を出発。

琵琶滝遊歩道に一旦入り直ぐに入渓。↓腰まで浸かるところがあった。
kou1.jpg

↓右手上に遊歩道があり一旦遊歩道に上がる。遊歩道が出来てから長年桟道などは修繕されていないようだ。
kou2.jpg

↓琵琶滝2段50m。登るなら左側かななどと呟く。昨年亡くなった人に合唱。
kou3.jpg

↓琵琶滝から戻り滝見台にあがった。ここから琵琶滝落ち口まで捲き道がある。
kou4.jpg

↓中ノ滝40m。
kou5.jpg

↓中ノ滝を過ぎると渓相が穏やかになりテンバ適地がいくつか見つかる。
kou6.jpg
kou7.jpg

↓角千本淵。滝の左に残置スリングが垂れていたが、傾斜が緩く水流沿いを登れる。
kou8.jpg
kou9.jpg

↓手ごろな滝が現れる。
kou10.jpg
kou11.jpg

↓木の葉入らずの淵。左岸のルンゼから高捲いた。案内本によると「大和誌」にこの淵は記載されているとのこと。
kou12.jpg

↓1170m付近。右岸に大きい岩屋があり、本流沿いの滝は水量が殆どなく、右岸側の天井の穴から直瀑となって落ちていた。
kou13.jpg

↓初めて穴から落ちる滝を見た。ビックリ!
kou14.jpg

沢を戻り、伊坪谷側へ枝沢を遡行し本日の幕営地とした。
(続く)
posted by 相模AC at 00:00| Comment(0) | 沢登り

2019年04月28日

富士川支流戸栗川三ツ沢

戸栗川三ツ沢

2019/04/27〜04/28
ゴールデンウィークの前半に富士川支流戸栗川三ツ沢に前夜発1泊2日で出掛けました。

【メンバー】
noy(L),tns,ak(他会)、szk(他会)

【1日目コースタイム】
4/27 道の駅なんぶ(泊)=西俣川沿い林道=折付橋・醍醐沢沿い林道終点P(7:55/8:43)〜湯ノ沢沿い林道終点・湯ノ沢入渓(8:53)〜鞍掛沢・三ツ沢出合下(10:20/10:30)〜引き返し〜湯ノ沢沿い林道終点(11:38)〜醍醐沢沿い林道終点P(11:48)=門野の湯(身延町)=江ノ電に泊まれるキャンプ場

夜間に雨が降ったが起きた時には雨は止み、曇り空に青空が混じり始めていた。入渓点では晴れ間が広がり始めた。前夜発1泊2日の予定で出発です。

駐車スペースから入渓点までは直ぐです。舗装された林道の終点から入渓しましたが、終点の舗装路は下の土砂が流されて傾いていました。
↓湯ノ沢。所々、腰まで浸かります。
mitsu@1.jpg

↓泊りの装備ではボルダーの乗越も大変です。
mitsu@2.jpg

↓連続するちょっとした滝場で腰まで浸かり、ルートを探しました。
mitsu@3.jpg

遡行開始して2時間、小雨の中に雹が混じってきました。
↓三ツ沢出合まであと少しのところで、遡行を中止して下降開始です。
mitsu@4.jpg

↓連続するちょっとした滝場。帰りも腰まで浸かります。時々雹が強く降りました。
mitsu@6.jpg

車に着いた時には完全にはびしょ濡れ。お風呂を探して3件目でやっと体を温めることができました。その後江ノ電1両を泊り場としました。


【2日目コースタイム】
4/28 江ノ電に泊まれるキャンプ場=醍醐沢沿い林道終点P(6:25/7:08)〜入渓(7:16)〜鞍掛沢・三ツ沢出合(8:39)〜赤岩ノ滝(11:16)〜三俣下の大滝下(11:50)〜引き返し〜鞍掛沢・三ツ沢出合(16:46/16:54)〜入渓点(17:51)〜醍醐沢沿い林道終点P(18:01)=新稲子川温泉ユー・トリオ(富士宮市)=道の駅なんぶ(泊)

日帰り装備で三ツ沢を遡行することにしました。
↓昨日遡行したところまではルートファインディングすることなく、スムースに遡行できました。
mitsu#1.jpg
mitsu#2.jpg
mitsu#3.jpg

↓三ツ沢出合のゴルジュの先の滝。水量が多く勢いも強いので出合に戻り、右岸の仕事道跡の踏み跡を拾い捲きましたが、そこはヒルの縄張りでした。
mitsu#4.jpg

↓登れる滝が飽きない程度に現れます。
mitsu#5.jpg
mitsu#6.jpg

↓赤岩の滝。右岸ルンゼから捲きました。
mitsu#7.jpg

↓その後も飽きない程度に登れる滝が現れます。
mitsu#8.jpg

↓三俣下の大滝。時間切れで引き返しました。
mitsu#9.jpg

下降の途中で1つの滝を下りられずに高捲いた結果、3ピッチの懸垂下降となりました。これが思った以上に時間が掛かりました。明るい内に車に戻ることができましたが、時刻が遅くなったため昨日の湯は入れず、また立ち寄り湯を探して体を温めることになりました。
ゴールデンウイーク中の立ち寄りの営業状況が違うことに翻弄された2日間でした。
皆様お疲れ様でした。noy
posted by 相模AC at 00:00| Comment(0) | 沢登り

2019年04月23日

丹沢 大棚沢遡行、大日沢下降

丹沢・大棚沢に行って来ました。
【メンバー】
noy(L), tns
【コースタイム】
2019/04/23
塩水橋P(7:54/8:06)=瀬戸橋=塩水林道・引き返し(8:48)=瀬戸橋(9:13)=本谷林道=本谷吊橋(9:31)=林道終点(9:53/10:15)・大棚沢入渓〜大棚(11:31)〜登山道(12:12/12:20)〜新大日東側鞍部・大日沢下降(12:48)〜オバケ沢出合(13:32)〜本谷林道終点(14:39/14:52)=塩水橋P

GWの始めの富士川支流の戸栗川・三ツ沢のための足慣らしとして、短い行程の大棚沢を選んだ。
昭和44年発行の「丹沢の山と谷」には出合対岸に小屋があるが、今は何も無かった。

↓出合から直ぐの滝。ホールドが細かかった。
otana2.jpg

↓小さな滝が続く。
otana3.jpg
otana4.jpg

↓大棚は黒く印象は暗かった。落ち口下10mまでは問題ないように見える。「丹沢の谷200ルート」では右岸を巻いていたが、左岸を捲いた。
otana5.jpg
otana6.jpg

↓下降の大日沢は、オバケ沢出合までガレの沢であった。「丹沢の山と谷」には水流の記載があるので50年の間に崩壊が進んだ結果であろう。
otana7.jpg

オバケ沢の方が広く水量が多くあり本流。
↓大棚沢出合手前の大日沢ゴルジュは左岸を捲き下った。暑ければゴルジュ突破は面白そうである。
otana8.jpg

最後の堰堤は懸垂下降をして入渓点に戻った。
ヒルには合わなかったが、大棚沢に向かうアプローチで瀬戸橋を渡り塩沢林道を進んでしまいアプローチでまた失敗した。トホホ。noy
posted by 相模AC at 00:00| Comment(0) | 沢登り